2026年5月。
思いつきでSubstackを始めた。
特別な理由があったわけじゃない。
とりあえず、一カ月だけ毎日書いてみよう。
それくらいの気持ちだった。
毎日キーボードを打つ手だけは動いていた。
けれど、記事を書いても反応はほとんどない。
誰かに届いている実感もない。
それでも翌日になれば、
また画面を開いて文章を書いた。
その繰り返しだった。
一カ月が過ぎる頃には、キーボードに向かう手が少しずつ重くなっていた。
このまま続ける意味はあるのだろうか。
もう、辞めてしまおうか。
そんな問いだけが、
何度も頭をよぎっていた。
そんなある日。
一人の人が、私の記事を見つけてくれた。
コメントをくれた。
リスタックをしてくれた。
その後も折に触れて記事を紹介し、
何度も背中を押してくれた。
どれも大げさな言葉ではなかった。
けれど、その一つひとつには、不思議なくらい温度があった。
冷え切っていた私の手を、
そっと包んでくれるような温度だった。
私は、たった一人に見つけてもらえただけで、
もう少し歩いてみようと思えた。
その温もりに支えられて、
私は今日まで書き続けてきた。
だから今も、こうして楽しく記事を書いていられる。
しばらくして、あることを知った。
「昔、かつおさんを支えたのはジャミさんだったんですよ。」
私は、思わず黙ってしまった。
あの日、私が受け取った温もりは、
そこで始まったものではなかった。
その手は、かつおさんへ渡り、
そして私へ届いていた。
その時、ようやく気づいた。
手の温度には、
持ち主がいるわけじゃない。
誰かから誰かへ、
受け継がれていくだけなんだ。
私は、その温もりの旅の途中にいただけだった。
書き始めたばかりの人へ。
自信をなくしかけている人へ。
誰にも見つけてもらえず、
それでも書き続けている人へ。
あの日、私が受け取った手の温度を、
今度は、そのまま渡していきたい。
だから私は、いいねをつける。
できればコメントも入れる。
そして、ときどき冗談っぽく言う。
「ウチの軍団にきませんか?」
そう言うと、警戒されるか、
だいたい笑われる。
本当は、笑ってもらえればそれでいい。
あの日、誰かが私の手を温めてくれたように。






