人が減ったのに、仕事は減らないことがある。
むしろ現場だけが、少しずつ重くなっていく。
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この話は、病院だけの話ではない。
企業でも、学校でも、役所でも。
人が集まって働く場所なら、どこでも起きていることだと思う。
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異動、退職、転職、定年。
本来なら大きな出来事だったはずなのに、いつの間にかそれは「通知」として処理されるようになる。
メールが届く。
人事システムが更新される。
朝礼で名前が読み上げられる。
「○○さん、来月から異動になります。」
それだけで終わることもある。
拍手もない。
区切りの音もない。
ただ情報として、人が入れ替わる。
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そして不思議なことに、
その人がいなくなったあとでしか見えない仕事がある。
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「あの人、結構いろいろやってくれてたんだね。」
人が去ったあと、必ずのように出てくる言葉だ。
誰かがゴミ袋を交換していたこと。
不足している物品を黙って補充していたこと。
新人の動きにいち早く気づいていたこと。
場の空気が張りつめたときに、冗談ひとつで緩めていたこと。
忙しいタイミングで、自然に電話を取っていたこと。
誰にも割り振られていない仕事を、当たり前のように回収していたこと。
その人がいなくなって初めて、
「あれ、誰がやってたんだっけ?」
と気づく。
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組織には、業務マニュアルに書かれない仕事がある。
むしろ現場を成立させているのは、そちら側なのかもしれない。
売上。
検査値。
手順書。
業務分担表。
それらは正確に現場を説明しているようでいて、
実際の現場は、それだけでは一度も動いたことがない。
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本当に支えているのは、
「気づいた人がやる」という無数の判断だ。
声をかけるかどうか。
代わりに動くかどうか。
少しだけ多く引き受けるかどうか。
それを誰がやっているかは、記録には残らない。
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私は以前、定年退職する職員を見送ったことがある。
簡単な挨拶があり、
長い勤務歴が読み上げられ、
「ありがとうございました」と言われ、
本人は静かにうなずいていた。
形式としては、きれいな終わりだった。
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数か月後。
別のスタッフが言った。
「そういえば、あの人がいた頃って、現場ちょっと安定してたよね。」
別の人は言う。
「新人対応、ほとんどあの人が拾ってたんだね。」
さらに別の人は言う。
「いなくなってから、地味に回り方変わった気がする。」
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その時になって初めて、その人の役割が再解釈される。
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人はいる間、過剰には評価されない。
それが自然になりすぎているからだ。
そしていなくなった瞬間、その自然さだけが残される。
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現場では、よくこんな言葉が出る。
「人数は足りてるはずなんだけどね。」
システム上の人員は埋まっている。
欠員は補充されている。
配置基準も満たしている。
数字だけ見れば問題はない。
でも現場は知っている。
何かが違う。
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電話の回数は変わらない。
検体数も変わらない。
患者数も変わらない。
売上も大きくは変わらない。
それでも、なぜか余裕がなくなる。
なぜか小さな摩擦が増える。
なぜか説明できない疲労が残る。
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足りないのは人数ではない。
その人が処理していた「曖昧な領域」だ。
境界の仕事。
つなぎ目の調整。
気配の読み取り。
誰の担当にもならないまま、誰かが引き受けていたもの。
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そしてそれは、いなくなって初めて問題になる。
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組織というものは、「静かに忘れていく装置」なのだと思う。
人が入れ替わっても、仕組みは更新され続ける。
誰がいたかは、次第にログの奥に沈んでいく。
一方で現場だけは覚えている。
言語化されない形で。
「あの人の時は少し楽だった」
という程度の記憶として。
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それでも組織は回る。
回ってしまう。
だからこそ、少し怖いと思う。
あれほど必要だった人の痕跡が、こんなにも簡単に薄れていくことを。
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同時に、それは少し救いでもある。
自分がいなくなったあとも、誰かが働き続ける。
誰かが困っている人を助ける。
組織は続いていく。
人は忘れられる。
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ただ、そのことを知っているからこそ、
今ここにいる時間だけは、少しだけ違って見える。
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明日もまた、誰かが電話を取る。
誰かが新人に声をかける。
誰かが気づかれない仕事を引き受ける。
誰かが場の空気を整える。
そしてその人もまた、大きく評価されることはないかもしれない。
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だからこそ、その存在を「最初からなかったこと」にしたくない。
評価されない仕事を、評価されないままにしてはいけないのだと思う。
制度としてではなく、観測としてでもいい。
「そこに確かにあった」と認識するだけでもいい。
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もし自分が、誰かの見えない仕事に支えられていたのなら、
それを見えないまま終わらせたくないと思う。
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だから私は、気づいたときに言葉にする。
あとでではなく、いなくなる前に。
「助かっています」と。
「見ています」と。
「ありがとうございました」と。
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人は去る。
異動する。
辞める。
定年を迎える。
その事実は変えられない。
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だが、去る前に何を見ていたかは変えられる。
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私は、その差を記録できる側にいたいと思う。
組織が忘れていくものを、せめて一度だけでも言語化する側に。
それが、この観測記録を書いている理由でもある。
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その仕事は、今日もどこかで続いている。
そしてたぶん、誰にも気づかれないまま、静かに積み重なっている。
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#MarginArchive

この記事はカツオさんに捧げる。
素晴らしい記事だと読ませて頂きました。
個人的に関連すると思う事を書かせて頂きます。
属人的な事は減らしたい、しかしマニュアル化もままならないそんな境目の仕事や、人間一人の重さに気付かない管理側。
現代には矛盾が多いですよね。実用的、効率化、合理化だけがフォーカスされていますが、あらゆる業界の現場は人手不足、あらゆる面で余裕がないから人も途切れる。
もっと深い思考やビジョンが無いと企業や国家は生き残れないと思うのですがね。