昔の人が言うことは、形を変えながらも意外なほど長く生き残る。
「馬鹿は風邪をひかない」シンプルな生活の中で成立するものだったのかもしれないですね。
江戸時代の人が受けていた情報は自動的に少なかったので、今みたいにあらゆる情報に「反応」する機会が少なかったのかなと。
「風邪をひかない」って「元気」ってことだと思うので、人間が摂取できる情報は上限があってそれを超えると、身体もメンタルも「風邪」を引きやすくなるのかもしれないですね。
現代は「AI」も誰もが使える様になって、すごく便利でありがたいけど、その分は身体性やシンプルさに意識向けたいなあと改めて思いました!
素敵なコメントありがとうございます。
江戸時代の件お陰で記事に深みがでました。
医学と昔ながらの迷信ってありますね!
私は「病は気から」。
プラセボを信じているほうです🥰
プラセボは無害ですからね。
気合で良くなるなら結構じゃないてしょうか。
面白く読ませていただきました。
この言葉を初めて聞いたのは私の母からで、小学校の校長の職にあった祖父がこの表現を使っていたと教えてくれました。
母によれば、昔はむしろ褒め言葉だったようで、身体の頑強な自然児を指して、あの元気さを見習いなさい、の意味が強かったと聞きました。それに比べて、と腺病質(当時の表現まま)のいわゆる本の虫のような虚弱な学生を引き合いに出して嘲笑するような風潮もあったようです。
そういう話を聴いて育ちましたので、この表現を見ると、私などは漫画の「のたり松太郎」をイメージしています。
うまく言葉にできないのですが、「なるほど」と思うところが多かったです☺️
たしかに今は、健康のために体を動かしましょうと言われることが多いですが、昔ならそれは当たり前のことだったのかもしれませんね。
自分の今の生活を考えても、生き物としてはかなり不健康だなと感じます。笑
自分のノーツのやり取りだったので、こちらにも、転記しておきますね☺️
僕はよく、『何事も適当な位のバカ』になりたいと思っています。
自分自身、細かい性格なので、若い頃は、些細なことに気付いてしまい辛い時がよくありました。
(これを現代ではHSPと言うのでしょうか?)
そう思うと、メンタルが弱っている時に体調を崩していた気がします。
風邪も病気も、メンタルに繋がっていることが多いんだろうなぁって。
『気持ちの持ちよう』って、ほんとそうだなぁって思っております。
いつもいつもコメントありがとうございます。
今ではHSPは5人に一人と言われているようなので個性と言えます。
私はまさしく風邪ひく馬鹿です。
間もなく学会発表あるのに何とかなるだろうと高を括ってます。
メンタル乱れなければ、成るように成る。
ことわざを単なる迷信と切り捨てず、現代の「ストレスと免疫機能の低下」のメカニズムや情報過多による脳の疲弊という文脈から再定義する視点に深く共感します。
身体は動いていないのに脳だけが24時間走り続ける現代の異常な環境に対し、深く悩みすぎず、太陽を浴びて身体を動かし、よく眠るという昔の「生き方」そのものが、結果として最強の免疫インフラになっていたという考察は非常に本質的だと感じます。
問いかけにあった「昔の人は意外と正しかったと思った言葉」ですが、私は「病は気から」がまさにそれにあたると感じています。精神的な疲労や心のあり方がダイレクトに身体の防御力に影響を与えるという現代医学の知見を知るたびに、昔の人が見出していた経験則の解像度の高さに改めて驚かされます。
同じ言葉でも時代でニュアンスが変わるのですね。
勉強になりました。
のたり松太郎ほわかりませんが😁
スーさんちはインテリ家系ですね!
記事に書いた内容を理解していただいている事に感謝しかありません。
ご指摘の病は気からは精神と体の繋がりを経験から理解できていた現れと考えお考えに同意します。
「馬鹿は風邪をひかない」シンプルな生活の中で成立するものだったのかもしれないですね。
江戸時代の人が受けていた情報は自動的に少なかったので、今みたいにあらゆる情報に「反応」する機会が少なかったのかなと。
「風邪をひかない」って「元気」ってことだと思うので、人間が摂取できる情報は上限があってそれを超えると、身体もメンタルも「風邪」を引きやすくなるのかもしれないですね。
現代は「AI」も誰もが使える様になって、すごく便利でありがたいけど、その分は身体性やシンプルさに意識向けたいなあと改めて思いました!
素敵なコメントありがとうございます。
江戸時代の件お陰で記事に深みがでました。
医学と昔ながらの迷信ってありますね!
私は「病は気から」。
プラセボを信じているほうです🥰
プラセボは無害ですからね。
気合で良くなるなら結構じゃないてしょうか。
面白く読ませていただきました。
この言葉を初めて聞いたのは私の母からで、小学校の校長の職にあった祖父がこの表現を使っていたと教えてくれました。
母によれば、昔はむしろ褒め言葉だったようで、身体の頑強な自然児を指して、あの元気さを見習いなさい、の意味が強かったと聞きました。それに比べて、と腺病質(当時の表現まま)のいわゆる本の虫のような虚弱な学生を引き合いに出して嘲笑するような風潮もあったようです。
そういう話を聴いて育ちましたので、この表現を見ると、私などは漫画の「のたり松太郎」をイメージしています。
うまく言葉にできないのですが、「なるほど」と思うところが多かったです☺️
たしかに今は、健康のために体を動かしましょうと言われることが多いですが、昔ならそれは当たり前のことだったのかもしれませんね。
自分の今の生活を考えても、生き物としてはかなり不健康だなと感じます。笑
自分のノーツのやり取りだったので、こちらにも、転記しておきますね☺️
僕はよく、『何事も適当な位のバカ』になりたいと思っています。
自分自身、細かい性格なので、若い頃は、些細なことに気付いてしまい辛い時がよくありました。
(これを現代ではHSPと言うのでしょうか?)
そう思うと、メンタルが弱っている時に体調を崩していた気がします。
風邪も病気も、メンタルに繋がっていることが多いんだろうなぁって。
『気持ちの持ちよう』って、ほんとそうだなぁって思っております。
いつもいつもコメントありがとうございます。
今ではHSPは5人に一人と言われているようなので個性と言えます。
私はまさしく風邪ひく馬鹿です。
間もなく学会発表あるのに何とかなるだろうと高を括ってます。
メンタル乱れなければ、成るように成る。
ことわざを単なる迷信と切り捨てず、現代の「ストレスと免疫機能の低下」のメカニズムや情報過多による脳の疲弊という文脈から再定義する視点に深く共感します。
身体は動いていないのに脳だけが24時間走り続ける現代の異常な環境に対し、深く悩みすぎず、太陽を浴びて身体を動かし、よく眠るという昔の「生き方」そのものが、結果として最強の免疫インフラになっていたという考察は非常に本質的だと感じます。
問いかけにあった「昔の人は意外と正しかったと思った言葉」ですが、私は「病は気から」がまさにそれにあたると感じています。精神的な疲労や心のあり方がダイレクトに身体の防御力に影響を与えるという現代医学の知見を知るたびに、昔の人が見出していた経験則の解像度の高さに改めて驚かされます。
同じ言葉でも時代でニュアンスが変わるのですね。
勉強になりました。
のたり松太郎ほわかりませんが😁
スーさんちはインテリ家系ですね!
いつもいつもコメントありがとうございます。
記事に書いた内容を理解していただいている事に感謝しかありません。
ご指摘の病は気からは精神と体の繋がりを経験から理解できていた現れと考えお考えに同意します。