最近、子どもを見ていて、ふと思ったことがある。
子どもの「初めて」は、よく覚えている。
初めて寝返りをした日。
初めて歩いた日。
初めて「パパ」「ママ」と呼んだ日。
写真を撮った。
動画も残した。
家族みんなで喜んだ。
でも、「最後」は違う。
最後に抱っこをせがまれた日。
最後に手をつないで歩いた日。
最後に「一緒に寝て」と言われた夜。
最後に絵本を読んだ日。
それが最後だと分かっていた親は、きっと少ない。
「早く自分で靴を履いてほしい。」
「早く一人で着替えてほしい。」
「早く一人でできるようになってほしい。」
毎日は慌ただしい。
朝は時間との戦いだ。
仕事の準備。
保育園の支度。
忘れ物の確認。
食事。
洗濯。
お風呂。
寝かしつけ。
「お願いだから、自分でやって。」
「もう大きいんだから。」
「早くして。」
そう言ってしまったこともある。
本当は怒りたいわけじゃない。
ただ、余裕がなかった。
親だからといって、いつも優しくいられるわけではない。
疲れる日もある。
泣きたくなる日もある。
一人になりたい日だってある。
そんな毎日の中で、子どもは少しずつできることを増やしていく。
気づけば、自分で靴を履くようになる。
ランドセルを背負うようになる。
「大丈夫。一人でできる。」
と言うようになる。
それは成長だ。
ずっと願っていたことだ。
なのに、少し寂しい。
最後に抱っこした日を、私は覚えていない。
最後に寝顔を見ながら、小さな手を握ったのはいつだっただろう。
最後に「一緒に来て」と言われたのは、いつだっただろう。
思い出せない。
きっと、それは特別な日ではなかった。
運動会でも、誕生日でも、卒園式でもない。
「あとでね。」
「今忙しいから。」
「もう大丈夫でしょ。」
そんな、いつもと変わらない一日の中で、静かに終わっていたのだ。
そして、もしかすると。
寂しいのは、抱っこが終わることだけではないのかもしれない。
「パパじゃなきゃ嫌だ。」
「ママじゃなきゃ嫌だ。」
そう言われていた自分が、少しずつ必要なくなっていくこと。
転べば呼ばれた。
眠れなければ探された。
怖い夢を見れば、小さな足音で布団に潜り込んできた。
あの頃は、自由な時間が欲しかった。
一人になりたいと思った日もあった。
でも、気づけば呼ばれなくなる。
自分で起きて、自分で準備して、友達のほうが大切になっていく。
相談相手も、少しずつ親から離れていく。
それは、ちゃんと育った証拠だ。
ずっと願っていた未来だったはずなのに。
なぜだろう。
少しだけ、置いていかれたような気持ちになる。
親は、子どもを育てながら、「親である自分との別れ方」も覚えていくのかもしれない。
もちろん、親であることに終わりはない。
心配も尽きないだろう。
友達のこと。
勉強のこと。
進路のこと。
恋愛のこと。
社会に出る日のこと。
それでも、
「抱っこして。」
「手をつないで。」
「一緒に寝て。」
そんな言葉には、確かに期限がある。
だから今日、もし子どもに「見て」と呼ばれたなら。
ほんの少しだけ、手を止めてみようと思う。
家事の途中でも。
スマホを見ている最中でも。
完璧な返事じゃなくてもいい。
「なに?」
と顔を向ける。
親は今日も、たくさんのことをこなしている。
誰にも褒められなくても。
休みがなくても。
思い通りにならなくても。
それでも、ちゃんと子どもは育っている。
そして、あなたの隣にいた小さな存在は、今日も少しだけ大きくなっている。
「早く大きくなってほしい。」
そう願っていたはずなのに。
気づけば、「あの頃に、もう一度だけ戻れたら。」と思う日が来るのかもしれない。
子どもの「初めて」は祝福される。
でも、子どもの「最後」は静かに過ぎていく。
子どもは、「早くして」と言われた日を案外覚えていないのかもしれない。
でも、
転んだ時に抱き上げてもらったこと。
熱を出した夜、額に触れてくれた手。
笑いながら囲んだ食卓。
眠る前に聞こえた「おやすみ」。
そういう何でもない日々の温度は、案外、身体のどこかに残っているのかもしれない。
そして今日も、「早くして。」と言ってしまうかもしれない。
イライラするかもしれない。
寝顔を見て、少しだけ後悔する夜もあるかもしれない。
それでもいい。
親は今日も、ちゃんと子どもを愛している。
完璧な親じゃなくていい。
笑顔でいられない日があってもいい。
余裕をなくしてしまう日があってもいい。
あとから「あの時、もっと優しくできたかな」と思う夜があってもいい。
全部をちゃんとできなくてもいい。
子どもは、ちゃんと愛されていたことを、案外覚えているのかもしれない。
私は父親だ。
母親の大変さを、本当の意味で全部分かっているとは言えないのかもしれない。
それでも医療現場で、
「もっと早く会いに行けばよかった。」
「もっと話をしておけばよかった。」
そんな言葉を何度も聞いてきた。
人は案外、
終わると分かっているものより、
終わると気づかなかったものを後悔する。
だからせめて、今日という当たり前の日を、少しだけ大事にしようと思う。
だから、子どもの最後かもしれない今日を、大事にしよう。
完璧じゃなくていい。
大変だったな。
でも、
悪くなかったな。
いつかそう笑えたら、それで十分なのだと思う。
もしよかったら、あなたにとっての「気づかなかった最後」を教えてください。
それは案外、人生でいちばん大切だった時間なのかもしれません。
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この記事はぴかさんに捧げる。
中二の末娘、今日テストの帰り待ち合わせて一緒にお昼食べに行こって言われました。
え、昨日と一緒にお茶したけど……は飲み込んで、出かけてきます🤭
ほんと、子供の最後って振り返って惜しむこと多いですよね。