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人生には、離れた後になって初めて気づく人がいます。
あの時、目の前にいた人が、
どんな時間を生きてきたのか。
時間が経ってから、知ることがあります。
『Unsung Hero』を書いている間、
何度も思い出す人がいました。
いつも誰かを見ている側の人でした。
誰かの表情の変化に気づく。
いつもと違う声の揺れを感じ取る。
本人さえ言葉にできない違和感を、
静かに拾う。
前に出ることより、
誰かの背中をそっと支えることを選ぶ人でした。
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でも、不思議なことがあります。
人を見ることができる人ほど、
自分自身を見てもらうことは少ない。
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現実の彼女と私が別れた後、
残ったものは多くありませんでした。
時々届くメール。
近況を伝える短い言葉。
それだけでした。
会うこともありませんでした。
それでも、その小さなやりとりの中で、
私は何度も考えました。
この人は、私が知らない時間を、
どれだけ過ごしてきたのだろう、と。
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彼女は、誰も気に留めないものによく気づく人でした。
数字になる前の小さな変化。
言葉になる前の違和感。
まだ誰も気づいていない何か。
そういうものを拾う力を持っていました。
でも、
気づくことと、
それを誰かに届けることは違います。
見えているのに届かない。
分かっているのに変えられない。
その間で何度も悩みながら、
それでも誰かを見ることをやめなかった人でした。
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『非対称の鏡』というタイトルは、
そこから生まれました。
鏡は、誰かの姿を映すことができます。
でも、鏡自身が自分を見ることはできません。
誰かを照らしている人ほど、
自分が照らされていることには気づきにくい。
そんな矛盾を抱えながら生きている人が、
この世界にはいるのだと思います。
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あの日、駅で別れた時。
私たちの時間は、
そこで終わったと思っていました。
でも、後になって届いた短いメールの中に、
彼女の人生は続いていました。
人は、離れてから初めて知ることがあります。
あの時、目の前にいた人が、
どれほど長い夜を越えてきたのかを。
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誰かの変化や違和感に気づいてそっと支える人ほど、自分自身の変化や悩みには気づいてもらえないという「非対称の鏡」の比喩がとても深く響きました。自分を後回しにして誰かを照らし続ける人が抱える静かな葛藤や、その存在の尊さを改めて考えさせられます。
この曲で玉置浩二さんとデュエットしたい(笑)