今日は世界献血者デーらしい。
正直、
私は覚えていなかった。
医療現場で働いている人間としては、
少し情けない話かもしれない。
---
だが、
今日、
久しぶりに献血へ行ってきた。
---
理由は単純だ。
---
昨日、
宿直明けの疲れを癒すために龍神温泉へ行った。
---
湯に浸かりながら、
ふと思った。
---
「少しはまともな血液になってるかな」
---
もちろん冗談である。
---
だが、
前回の献血から少し時間も空いていた。
---
せっかくだし行ってみるか。
---
そんな軽い理由だった。
---
私の場合、
献血は特別なイベントではない。
---
歯医者の定期検診のようなものだ。
---
行ける時に行く。
---
気が付いたらまた行く。
---
ある意味、
ルーチンである。
---
受付を済ませる。
---
問診を受ける。
---
採血をする。
---
しばらく待つ。
---
終わる。
---
時間にしてみれば、
それほど長くない。
---
スマートフォンを見ていたら終わる程度の時間だ。
---
だが、
私は時々不思議に思う。
---
なぜ人は献血をするのだろう。
---
献血には、
現代社会で重要視されるものがあまり存在しない。
---
誰に届くか分からない。
---
大して感謝されない。
---
結果を見ることもできない。
---
SNSなら数字が付く。
---
仕事なら評価が付く。
---
投資なら利益が付く。
---
何かをすれば、
何かが返ってくる。
---
そんな仕組みに慣れた時代である。
---
だが献血は少し違う。
---
自分の血液がどこへ行ったのか分からない。
---
誰を助けたのかも分からない。
---
輸血を受けた人から、
お礼の手紙が届くこともない。
---
元気になった姿を見ることもない。
---
その人が退院したのか、
今どうしているのかも分からない。
---
それでも人は腕を差し出す。
---
私は検査室で働いている。
---
普段は顕微鏡を覗き、
数字を見ている。
---
その数字の向こう側で、
血液製剤が使われる場面も知っている。
---
事故。
---
手術。
---
出産。
---
血液疾患。
---
血液が必要になる瞬間は、
思っている以上に多い。
---
そして現在の技術では、
その血液を完全に作り出すことはできない。
---
AIにもできない。
---
工場にもできない。
---
どれだけ技術が進歩しても、
最後は人間が腕を差し出すしかない。
---
献血は不思議だ。
---
特別な能力はいらない。
---
難しい資格もいらない。
---
派手な活躍もない。
---
少し時間を使う。
---
針を一本刺される。
---
数分待つ。
---
それで終わる。
---
だが、
その血液は誰かの明日へ渡される。
---
考えてみれば、
針を一本刺されるだけで、
誰かの人生の危機を支える機会を持てるというのは、
少し不思議なことかもしれない。
---
今日、
献血ルームには様々な人がいた。
---
若い人もいた。
---
年配の人もいた。
---
女性も男性もいた。
---
皆、
静かだった。
---
誰も拍手されない。
---
誰も表彰されない。
---
ニュースにもならない。
---
それでも次の番号が呼ばれる。
---
私はその光景を見ながら、
少し考えた。
---
もしかすると社会は、
こういう人たちによって支えられているのではないか。
---
名前を残す人ではなく、
名前を残さない人たちによって。
---
歴史は英雄を記録する。
---
偉人の名前は残る。
---
成功者の名前も残る。
---
だが、
社会を毎日動かしているのは、
記録されない善意の方かもしれない。
---
私たちはつい、
評価される行動を探してしまう。
---
数字になる行動。
---
見返りのある行動。
---
成果が見える行動。
---
それは自然なことだと思う。
---
人間だからだ。
---
だが献血は、
少し違う価値観を思い出させてくれる。
---
誰に届くか分からない。
---
大して感謝もされない。
---
結果も見えない。
---
それでも行動する。
---
私は今日、
医療技術の進歩よりも、
人間の善意の方に希望を感じた。
---
考えてみれば、
世界を支えているのは、
いつもこういう人たちなのかもしれない。
---
誰にも知られず、
誰にも評価されず、
それでも誰かのためになることを続ける人たち。
---
献血ルームで静かに順番を待っていた人たちは、
きっと自分をヒーローだとは思っていないだろう。
---
私もそうだ。
---
昨日、
龍神温泉に浸かりながら、
「少しはまともな血液になってるかな」
などと考えていた人間である。
---
前回から時間が空いていた。
---
だから献血へ行った。
---
ただそれだけだ。
---
だが、
献血ルームには今日も次の番号が呼ばれていた。
---
誰も拍手されない。
---
誰も表彰されない。
---
大して感謝もされない。
---
それでも人は腕を差し出す。
---
私は検査室で働いている。
---
毎日数字を見ている。
---
だが時々思う。
---
本当に社会を支えているのは、
数字に残る人ではなく、
名前も残らない人たちなのかもしれない。
---
もし善意に、
数字も評価も付かなかったとして。
---
それでも私たちは、
誰かのために行動できるだろうか。
---
私は今日、
世界献血者デーにそんなことを考えていた。
---
皆さんが最後に献血へ行ったのは、
いつでしょうか。

unsung hero ってタイトルで実は小説書いてます。
日本初の自分がモデルの臨床検査技師が主役の小説です。
https://www.amazon.co.jp/Margin-Archive-ebook/dp/B0GSG1SWRH/ref=mp_s_a_1_3?dib=eyJ2IjoiMSJ9.EncgSra-Oqq0_1l_tHKQx3rYX_M4umtEL7tQGKonsFrP__6_gli5pUcCDsCZ_PQYipXkSdSaBHOiNSEF_JPk5onIZ03o300vJeX_toTr8DKhlyZ52JanYnCK-9IDspaSdoF6ue35O7Nmx5dWEho4Yg.yVt0M0R07hcnaffWrhCARbDxSGyzDWM8RDys2dp8Eak&dib_tag=se&qid=1781413925&refinements=p_27%3AArchive+Margin&s=digital-text&sr=1-3&text=Archive+Margin
見返りや数字、評価が重視される現代において、誰に届くかも分からない献血の持つ「名前を残さない善意」の尊さに、深くハッとさせられました。
最後の問いかけですが、私は正直、最後にいつ行ったのかは覚えていません。ただ、かつて定期的に献血ルームに通っていた時期がありました。著者が言われるように、当時は特別なイベントではなく「行ける時に行くルーチン」の感覚でした。誰も拍手しない静かな空間で、誰かの明日へ命を繋ぐために淡々と腕を差し出す人たちの存在こそが、この社会の確かな希望ですね。