最近、ふと思うことがある。
人生で本当に大切なことは、案外もう知っているのではないか、と。
もちろん、読み書きや計算の話ではない。
もっと単純なことだ。
順番を守る。
ありがとうと言う。
ごめんなさいと言う。
人の話を聞く。
自分がされて嫌なことはしない。
どれも幼稚園で教わることばかりである。
しかし不思議なことに、人は大人になるほど、その単純なことが難しくなる。
病院でもそうだ。
会社でもそうだ。
SNSでもそうだ。
政治の世界でも変わらない。
問題が起きたとき、その原因を丁寧にたどっていくと、意外なほど基本的なところへ行き着くことがある。
人の話を聞かなかった。
確認を怠った。
謝るべき場面で謝れなかった。
相手の立場を考えなかった。
高度な理論や複雑な技術の問題ではなく、もっと根源的な部分だ。
歴史を振り返っても似たようなことが見えてくる。
聖書には、
「人からしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」
という有名な教えがある。
また孔子は、
「己の欲せざる所、人に施すことなかれ」
と言った。
言葉は違う。
時代も違う。
文化も違う。
それでも語られている内容は驚くほど似ている。
つまり、人類はかなり昔から答えを知っていた。
それなのに、なぜ争いはなくならないのだろう。
なぜ職場の人間関係はこじれるのだろう。
なぜSNSでは毎日のように炎上が起きるのだろう。
おそらく、人間は知らないのではない。
できないのだ。
本当は分かっている。
感謝した方がいいことも。
優しくした方がいいことも。
相手にも事情があることも。
ほとんどの人は理解している。
それでも疲れているとき。
焦っているとき。
傷ついているとき。
私たちは簡単に忘れる。
そして忘れたことにすら気付かない。
医療現場にいると、なおさらそう感じる。
医療事故やトラブルの原因は、必ずしも知識不足だけではない。
報告が届かなかった。
確認が抜けていた。
相談がなかった。
思い込みがあった。
そうした極めて人間的な要素が重なることで問題が起きることも少なくない。
知識は増えた。
技術も進歩した。
AIも登場した。
それでも、人間の弱さそのものは昔とそれほど変わっていないように思う。
だからこそ、古い言葉が今も残っているのだろう。
二千年前の人間も、同じことで悩んでいた。
そう考えると少し安心する。
完璧になれないのは、自分だけではないらしい。
聖人も。
哲学者も。
王様も。
医師も。
検査技師も。
みんな知っていた。
そして、みんな完全にはできなかった。
だから名言が残った。
本当に簡単なことなら、わざわざ後世まで語り継がれない。
何度も忘れるからこそ、人は何度も同じ言葉を残してきたのだと思う。
ありがとう。
ごめんなさい。
人に優しくする。
約束を守る。
どれも幼稚園で教わる。
そして、おそらく一生かけても完全には身につかない。
それが少し悔しい。
でも同時に救いでもある。
もし人間が最初から完璧なら、成長も反省も必要ない。
私たちは忘れる。
失敗する。
後悔する。
そしてまた思い出す。
その繰り返しこそが、人間らしさなのかもしれない。
人生で本当に大切なことは、案外もう知っている。
問題は、それを知ることではない。
明日も実践できるかどうかだ。
もしこの記事を読んで何か思うことがあれば、ぜひコメントで教えてほしい。
共感したでもいい。
違うと思ったでもいい。
誰かの考えを聞くこともまた、幼稚園で教わった大切なことのひとつなのだから

そうか!忘れるから何度もおなじ大切な言葉を覚えてきたんだ。
ジブンの中に根強く残ってる言葉をこれからも信じていこう!!
大切なことを教えてくださり、ありがとうございます!
飯山さんのリスタックから気になって全部読んでしまいました。
知っていると、やっているは全然違いますもんね!
幼稚園で教わること、良い大人なんだから実践しないと。と痛感させられた記事でした😊