病院で働いていると、
昔からある言葉を思い出すことがある。
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「馬鹿は風邪をひかない」
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子供の頃、
一度くらいは聞いたことがあるだろう。
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もちろん、
医学的に考えれば、
馬鹿だから風邪をひかないという事実は存在しない。
皆さんも同じ認識だと思う。
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風邪はウイルス感染症だ。
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知能指数とは関係ない。
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どれだけ頭が良くても感染する。
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どれだけ勉強ができても、
できなくても感染する。
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ウイルスは学歴を見ない。
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肩書きも見ない。
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平等である。
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では、
なぜこんな言葉が今でも残っているのだろう。
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私は時々、
検査室でそんなことを考える。
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実は、
この言葉には少しだけ真実が含まれている気がする。
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風邪をひいても、
それを強く自覚する人と、
あまり気にしない人がいる。
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同じ発熱。
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同じ鼻水。
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同じ倦怠感。
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それでも、
「しんどい」と感じる人もいれば、
「まあ大丈夫」と言う人もいる。
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医学の世界では、
症状の感じ方には個人差があることが知られている。
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痛みもそうだ。
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疲労感もそうだ。
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不安もそうだ。
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人間は、
同じ刺激を受けても、
同じようには感じない。
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つまり、
風邪をひかないのではなく、
風邪を気にしていないだけなのかもしれない。
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実際、
医療現場にもいる。
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明らかに風邪をひいているのに、
本人だけが元気だと思っている人が。
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熱がある。
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咳も出ている。
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声も枯れている。
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それでも、
「大丈夫です」
と言う。
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いや、
全然大丈夫ではない。
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周囲から見るとそう思う。
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だが本人は、
本気でそう思っている。
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そう考えると、
「馬鹿は風邪をひかない」
という言葉は、
医学ではなく、
人間観察から生まれた言葉なのかもしれない。
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そして最近、
私は少し違うことを考えるようになった。
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本当に怖いのは、
風邪をひくことではない。
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自分の異常に気付けなくなることだ。
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医療現場で働いていると、
そういう人に出会うことがある。
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身体は悲鳴を上げている。
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検査データも異常を示している。
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周囲も心配している。
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それでも本人だけが、
「大丈夫」
と言い続ける。
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もちろん、
前向きであることは悪くない。
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楽観的であることも大切だ。
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だが、
現実を見ないこととは違う。
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人間は時々、
見たくないものを見ない。
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身体の異常も。
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仕事の問題も。
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人間関係のひずみも。
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資産の減少も。
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気付いていないのではない。
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気付かないようにしている。
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そういうことがある。
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私はこれまで、
数え切れないほどの検査結果を見てきた。
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そして思う。
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健康な人ほど、
自分の異常に敏感だ。
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少し疲れたら休む。
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少し無理をしたら調整する。
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少し体調がおかしければ受診する。
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だから大きく壊れない。
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逆に、
無理を続ける人ほど、
限界を超えてから気付く。
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風邪も少し似ている。
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「馬鹿は風邪をひかない」
のではない。
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もしかすると、
「馬鹿は風邪を認めない」
のかもしれない。
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もちろん、
これは昔のことわざを真面目に解釈しただけの話だ。
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だが、
この言葉が今も残っているのは、
どこか人間の本質を突いているからなのだろう。
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私たちは、
賢くなろうとする。
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知識を増やそうとする。
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経験を積もうとする。
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だが本当に難しいのは、
自分の弱さを認めることなのかもしれない。
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風邪をひいたら休む。
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疲れたら休む。
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辛い時は辛いと言う。
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案外、
そういうことの方が難しい。
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だから私は、
「馬鹿は風邪をひかない」
という言葉を聞くたびに、
風邪の話ではなく、
人間の話をしているような気がする。
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そして今日も、
検査室で数字を眺めながら思う。
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本当に怖いのは、
異常そのものではない。
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異常があるのに、
「大丈夫」
と言い続けてしまうことなのだと。
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最近、
あなたは自分の「大丈夫」に、
少し無理をさせていなかっただろうか。

「風邪をひかないのではなく、認めないだけ」という指摘、医療現場のリアルとして非常に腑に落ちます。
身体が悲鳴を上げ、客観的なデータや周囲の目には異常が明らかなのに、本人だけが「大丈夫」と言い張って否認し続ける怖さは本当によくありますね。不調を自覚して適切に処理する能力こそが、致命的な破綻を防ぐための最初の防衛線なのだと改めて感じます。
岡大徳さんいつもコメントありがとうございます。
何となく自分は大丈夫と思う気持ちはわかるのですがね。