歌記事はコチラ👆️
8月16日。
お盆の真っただ中の日曜日。
臨床検査技師の勉強会に、講師として参加した。
今回は、少人数の顕微鏡実習。
参加者には、若い人が多かった。
顕微鏡を覗く横顔を眺めながら、ふと昔の自分を思い出した。
自分がこのくらいの年齢だった頃、研修会にはあまり参加していなかった。
「まずは自分で勉強してから」
それが、自分の中では当たり前だった。
分からないことがあっても、すぐには聞かない。
自分で調べる。
考える。
試してみる。
それでも分からなければ、ようやく誰かに聞く。
今思えば、向上心だけではなかった。
ある程度、自分でできるようになってからでないと、人に聞いてはいけない。
そんな感覚があった。
知らないと思われたくなかったのかもしれない。
教えてもらう前に、自分で準備しておきたかった。
若さゆえの、意地だったのだと思う。
だから、目の前の若い人たちを見ていて、
少し不思議な気持ちになった。
分からないから、ここへ来る。
知りたいから、聞く。
そして、顕微鏡を覗きながら解説していると、
「えー!」
「へー!」
「なるほど!」
そんな声が次々に聞こえてくる。
その反応が、なんだか眩しかった。
昔の自分なら、分からないことを人前で口にすることに、もう少し躊躇していたと思う。
でも、講師としてその場に立ってみると、少し違って見えた。
分からないから来てくれる。
聞いてくれる。
反応してくれる。
それが、嬉しい。
そして、ふと気づいた。
自分は今、教える側にいる。
昔は、人に教えてもらうことに抵抗していた自分が。
時間というのは、不思議なものだ。
若い頃の自分は、
「教えてもらう前に、自分でできるところまでやらなければ」
と思っていた。
今の自分は、
「分からないなら、ここに来ればいい」
と思っている。
あの頃の自分が握りしめていたものを、今は少し離れたところから見ている。
気づけば、三時間近く話し続けていた。
喉が乾いていた。
少し疲れた。
でも、不思議と嫌な疲れではなかった。
顕微鏡を覗いていた誰かの中に、今日話したことが、ほんの少しでも残っているのなら。
乾いた喉も、少しだけ悪くなかった。



こんにちは。教えるって教わることでもあるなと思っています。
ご自分のキャリアをふりかえっての洞察を共感をもって読ませていただきました。
「顕微鏡を覗いていた誰かの中に、今日話したことが、ほんの少しでも残っているのなら」
という思いこそ、私は遺産を次の世代にどうやって遺すかを考えていることに重なるかもしれません。
団長、おはようございます😊
いつもとは違う雰囲気ですね。
こんな時期もあったねと昔を思い出しました。そして反応のいい後輩がいると自分も少し嬉しかったように思いました。