コメント欄は重なる
ある日、管理者研修の記事を読んだ。
面白かったのは、記事を読み終えたあとだった。
書いていたのは、ENAMIさん。
「イライラの正体」という記事だった。
自分の当たり前が、人の当たり前ではなかった。
その気付きが、とても素直な言葉で綴られていた。
私は思わずコメントを書いた。
そこから、やり取りが始まった。
コメントを重ねるうちに、私は勝手な人物像を作り上げていた。
管理者研修の記事を書いていたこともあって、
「ENAMIさんは、江波さんなんだろう。」
そう思い込んでいた。
しかも、コメントのテンポがあまりにも心地よくて、頭の中ではすっかり「気さくなおじさん」が出来上がっていた。
ある日、その勘違いに気付いた。
「失礼しました。」
そう謝ると、返ってきたのは笑い声だった。
「ENAMIなのに、おじさん😂😂😂」
「おばさんでしたー笑笑」
思わず笑ってしまった。
「嫌ぁ〜、お恥ずかしい。」
そう返すしかなかった。
私はさらに白状した。
「江波って苗字だろうって勝手に思ってました。」
「波長が合う人って一定数いらっしゃるから、甘えてしまいましたね。」
すると数日後、プロフィールが変わっていた。
「綺麗な女性のアイコンと、中身はおじさんのような女子で母をしてます。」
思わず吹き出した。
私の勘違いまで含めて、笑いに変えてくれたのだ。
後から知った。
彼女はプロのジェットスキー選手だった。
文章だけでは、その人の人生までは想像できなかった。
数日後、おばあさまの88歳の誕生日を祝う記事が投稿された。
花束を選び、家族と過ごし、大切な人のために迷わずお金を使う。
その記事からも、その人の価値観が静かに伝わってきた。
私は、
「心が動く記事でした。」
とコメントを残した。
返ってきたのは、
「なんか、いじってもらえないと物足りなくなってきました😂😂😂」
という一言だった。
ほんの数日前まで、
「おじさんですよね?」
と言われ謝っていた相手だ。
それが今では、
「いじってもらえないと物足りない。」
そんな冗談を言い合っている。
文章だけで始まった出会いなのに、不思議なものだ。
記事だけでは分からないことがある。
プロフィールだけでは伝わらないことがある。
コメントを重ねるたびに、
その人の価値観や、
人柄や、
温度が少しずつ見えてくる。
記事は、一人で書ける。
でも、
コメント欄は重なる。
書いた人の言葉に、
読んだ人の人生が重なる。
私は最近、
コメント欄まで読んで、
ようやく一つの記事を読み終えた気持ちになる。
だから私は、
コメントを書く時間も、
記事を書く時間と同じくらい大切にしている。


「気さくなおじさん」という勝手な思い込みから始まり、それがお互いの笑いや新しいプロフィールにまで発展していくプロセスがとても微笑ましく、読んでいて温かい気持ちになりました。
文字のやり取りを重ねる中で、プロのジェットスキー選手という意外な一面や、家族を大切にするお人柄が少しずつ見えてくる過程には、ネットを介した出会いならではの血の通った楽しさがありますね。
な、な、泣けるんですけど〜🥲🥲🥲🥹
変なおじさんですみません