病院では、人生が変わる瞬間ほど、案外静かだ。
ドラマみたいにBGMは流れない。モニター音が鳴っていて、誰かが記録を書いていて、その横で別の患者の採血が始まっている。世界は普通に続いていく。
その「普通に続いてしまう感じ」が、ずっと頭から離れなかった。
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検査室で働く人間は、患者と長時間話す職種ではない。診断を告げるわけでもない。拍手されることも、ほとんどない。
でも、誰かの人生が変わる直前の兆候だけは、異様にたくさん見る。
異常値。芽球。突然崩れるデータ。数字として、先に異変へ触れてしまう。
その瞬間の空気は、カルテには残らない。検査値は保存される。診断名も残る。でも「その時、誰がどんな顔をしていたか」「検査室で何が静かに確定したのか」、そういうものはどこにも記録されない。
私は多分、そこに強い違和感があった。
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医療という現場には、あまりにも大量の「観測されなかった感情」が落ちている。
疲弊、諦め、沈黙、言葉にならなかった後悔。そういうものが毎日、病院の中を漂っている。でも大半は、誰にも記録されず消えていく。
『Unsung Hero』を書き始めた頃、私はたぶん、それを拾いたかった。
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「英雄」というタイトルを付けながら、実際に書いていたのは、誰にも英雄扱いされなかった人間だった。
医療現場には、表舞台に立つ人がいる。その一方で、名前も知られず、ただ静かに支えている人もいる。検査技師も、たぶんそちら側だ。
「検査技師はすごい職業だ」と言いたいわけではない。ただ、誰にも見えない場所で誰かの人生を支えている人間は、世の中に思っている以上に存在している。そしてそういう人ほど、自分の感情を置き去りにしたまま働いている。
その空気を、書きたかった。
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あの作品の中心にあるのは、医療知識ではない。人間の摩耗だ。
頑張り続けた人間が、どんなふうに静かに削れていくのか。それでも翌日また働いてしまうのはなぜか。「もう無理だ」と思いながら、なぜ人はもう一度だけ立ち上がってしまうのか。
そういう、綺麗ではない感情をどうしても残したかった。
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自叙伝という形を選んだのも理由がある。
フィクションだけにすると、現実の痛みがどこか安全な物語になってしまう気がした。でも現場で起きていたことは、もっと鈍くて、もっと重い。
人は忘れてしまう。社会も、すぐ次へ進む。でも誰にも観測されなかった感情は、記録されなければ本当に消えてしまう。
だから文章を書いている。小説という形を借りながら、消えていくはずだった感情の痕跡を、少しでも保存するために。
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「あの作品は、誰に向けて書いたんですか」と聞かれることがある。
今なら、少しだけ分かる。
あれはたぶん、あの時、何も言えなかった自分自身へ向けて書いていた。
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