お賽銭だけ、置いてきた。
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宮崎を旅した。
義母の希望で向かったのは、
鵜戸神宮。
海に面した洞窟の中にある、
静かで不思議な空気をまとった神社だった。
家族は静かに手を合わせていた。
私は、お賽銭だけ入れた。
でも、お祈りはしなかった。
私は、神様を信じていない。
だからといって、
祈る人の気持ちを否定するつもりもない。
熊本地震を経験してから、
手を合わせる人の姿を見ることが増えた。
大きな災害の前では、
人は祈るしかない瞬間がある。
だから最近、
神様は、
昔より忙しくなったのかもしれない。
もし私が、
一人の人間として人生を終えたあと、
誰かに祀られ、
神様と呼ばれる存在になったとしたら。
その日から、
会ったこともない誰かの願いまで、
受け止め続けることになる。
生きていた頃には、
想像もしなかった役目だ。
私には、
背負うには大きすぎる役目だと思う。
だから、
もし願いに順番があるのなら。
今、
祈るしかない状況にいる人の願いを、
私より先に聞いてあげてほしい。
私の分は、
自分の足で進みます。
そう思いながら、
お賽銭だけ置いて、
静かに頭を下げた。
お願いはしなかった。
境内を歩き始めると、
一匹のトンボが、
私の肩に止まった。
飛び立つこともなく、
家族と一緒に、
駐車場まで歩いてきた。
車に乗る前、
私は、
そっとトンボを手に包んだ。
それでも、
逃げようとはしなかった。
しばらくその小さな姿を眺め、
「じゃあ、またな。」
そう言って、
そっと手を開いた。
トンボはゆっくり羽を広げ、
夏の空へ飛んでいった。
あの出来事に、
どんな意味があったのかは分からない。
ただ、
家族とこの海の景色を見ることができたこと。
そして、
あの日の小さな出会いを覚えていること。
これから先、
宮崎の景色を見るたび、
思い出すのだと思う。
その日の記憶を胸に、
鵜戸神宮をあとにした。



神様を信じていないからこそ無理なお願いをせず、「本当にお祈りが必要な人の願いを優先してほしい」と自力で進む覚悟にすごく納得しました。お賽銭だけを納めて静かに頭を下げる謙虚さと、災害などを経て他者を思いやる温かい視点が深く心に残ります。
団長、おはようございます😊
朝から天使にラブソングをの世界でした🫶
蜻蛉のところ、ドラマにたいなことがあるもんですね。今日は映画のワンシーンを見てるようでした